「タニシ。わたくしたち、お夕飯なぁ〜んにも食べていないのよ」
われらがモズ、こと伊藤恵さんとの再会はそんな言葉から始まった。
10月11日。大阪市北区のフェニックスホールで、大手酒造メーカーの冠コンサートの終演直後のことである。
デュオのお相手は長年N響でコンマスを務められた徳永二男氏。縄文系の精悍な顔だちと情熱のほとばしる大迫力の演奏でクラシック・ファンを魅了して止まない。これら、わが国を代表する二人の音楽家が今月のTKEのお客様である。
今回の大阪公演の演目は、T.A.ヴィターリのシャコンヌ、J.ブラームスのヴァイオリン・ソナタ2曲、そしてサラサーテのカルメン幻想曲という構成で、徳永氏の選曲という。キタに林立する高層ビル群のイルミネーションを借景に、総ガラス張りの室内楽専用の小ホールで繰り広げられる音楽の響宴は、それは贅沢な時間と空間をわれわれに与えてくれた。
都会の喧騒の中で、しばし、せちがらい現実を忘れ、束の間の幸福感に耽れる瞬間…そんな「文化の演出」に貢献する企業の役割は大きい。ただ願わくば、演奏家をもてなす心意気というものも、もう少し配慮が欲しかったと思う(かくいうタニシ船長にしても「それでは参りましょう…」と先頭を切ってお連れする準備ができていなかったのは、我ながら情けないことではあったが)。
ともかく、お腹をグーグーいわせながら、一行は夜の北新地へと姿を消した。