モズという獰猛なニックネームは…おそらく謂れはその強靭な鍵盤のテクニックからサイ姫が名付けたものであろう…伊藤さんの人となりを、ある意味で顕著に表しているといえる。シューマンを弾かせたら右に出る者がいないという彼女の、プロフィールがそれを見事に物語っているといえよう。ピアノソロとして共演したオーケストラは数知れない。
ただ、目の前でお逢いして感じる人となりと雰囲気は、演奏中の殺気立った形相とは裏腹に、とても繊細で優しく、気配りの行き届いた…それは素敵な女性なのである。 徳永氏も同様で、神々しい眉間の皺が取れ、同じ鉄板の焼肉をつつく段になると、一流の音楽家の心の深さと厚みが、話の端々ににじみでてきた。「家庭ではね…なるべくニコニコしているように心掛けるんだよ。公演前で精神的にイライラしても…それは自分に跳ね返ってくるだけだからね」
N響時代、年間100公演はこなしていた氏も、この11月で50歳を迎えるという。国立音大と桐朋学園で週に30時間は教鞭をとり、プライヴェートなお弟子さんを幾人も輩出しながら、その合間に今も年間70公演にのぼるスケジュールをこなすという…超人的な活躍ぶりの氏がボソリと語った独白がとても印象的であった。「プレッシャーでね…何人の優秀な音楽家がダメになっていったことか。歳をとるとね…やっぱり技術的には衰えていくんだけど、反対に演りたいことはどんどん膨らんでいくからね」
音楽家に限らず、日本の芸術家と呼ばれる人種が、とてもそんな本業だけでは喰っていけない文化の土壌というものを…少し考えさせられる夜宴であった。
明日のまほろばホール(奈良)での公演を控えながら、両氏の話はとめどなく弾んでいった。